akechi’s diary

今日も大丈夫です

【191123】読んだ:ウラジーミル・ソローキン『青い脂』

なんだこれは!?

 

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【あらすじ】
7体のロシア文豪クローンが執筆の副産物として精製する物質、青脂。
外部のいかなる影響も受けないという性質を持ったそれは、2068年のシベリアにおける争奪戦を経て、時の漏斗から1954年のモスクワに持ち込まれた。国家機関からカルト教団、そしてスターリンからヒトラーへ。驚異的な引用量とそれらすべてに対する冒涜、性と汚穢、畸形と倒錯に支配された物語がたどり着く超宇宙的結末。


11月末日時点で、そしてつまりはかなりの高確率で、今年の読書の中で最も「尖っていた」一冊。百聞は一見に如かず、言葉を尽くして内容を紹介するよりも本書の書き出し1ページ目を見ていただいたほうが「伝わる」と思うので、引用します。

 

一月二日
やあ、お前(モン・プティ)。
私の重たい坊や、優しいごろつきくん、神々しく忌わしいトップ=ディレクトよ。お前のことを思い出すのは地獄の苦しみだ、リプス・老外(ラオワイ)、それは文字通り重いのだ。
しかも危険なことだ――眠りにとって、Lハーモニーにとって、原形質にとって、私のV2にとって。
まだシドニーにいて、車(トラフィック)に乗っていた頃、私は思い出しはじめた。皮膚を透かして輝くお前の肋骨を、お前のほくろ、あの《修道士》を、お前の悪趣味なタトゥー=プロを、お前の灰色の髪を、お前の秘密の競技(ジンジー)を、「俺の星にキスしな」というお前の汚らわしいささやきを。
いや、違う。
これは思い出じゃない。これは私の一時的な、カッテージチーズみたいな、脳=月食(ブレイン=ユエシー)プラスお前の腐ったマイナス=ポジットだ。
私の中で脈打つ昔の血液だ。泥んこまみれの岸の上でお前が糞して放尿している、私の濁った黒龍江(ヘイロンジァン)だ。
そう。先天的な自尊心(シュトルツ)6にもかかわらず、お前の友はお前がいなくてつらい。肘も睾丸(ガオワン)も輪(リング)もなければ、最後の叫び声も臆病なぴいぴい声もないんだから。

 

 

なにもわからない……!
上記引用の中での造語らしきもの、作中で一切意味を解説されることがなく、こんな感じで奇妙に中国語とロシア語、そして造語の入り混じった詩的独白が100ページ以上にわたって、ロシア文豪のクローンが描き下ろしたテキストの引用を交え――トルストイ4号、ドストエフスキー2号、他5名(5体?)――書き綴られる。それをどうにかこうにか読みすすめるうちにぼんやりと舞台設定の輪郭が見えはじめ、いよいよ「青脂」の争奪戦が開始、上記引用箇所が大人しく見えるくらいの圧倒的な歪みと冒涜によって物語が進んでいく。(ちなみに作中ではスターリンフルシチョフが愛人関係にあり、スーパー濃厚なベッドシーンが描写される)

作者のウラジーミル・ソローキンはロシアのポストモダン作家でロシア文学界でも異端というかこういう冒涜的なテキストを出版しまくっているらしく、ついた異名が「現代文学のモンスター」。モンスターて。

しかしこういうスケールの大きさと万華鏡的な眩惑性、そして生命力と退廃が入り混じったような感じのテキスト、いかにも「ロシアの」先端文学っぽいなあ、と感じてしまうのはなぜなのだろう。サンクトペテルブルグのエカテリーナ宮殿とか血の上の救世主教会みたいな、細部とスケール、色彩が同居するいかにもなロシア建築的なイメージとのリンクなのだろうか。日本的でないのはもちろん、アメリカや中国ともまた違ったタイプの壮大さであるなあと思う。旧共産圏の全体主義的文化とも紐付いていないというか……。

ソローキン、間違いなく人を選ぶタイプの作家だけれど、個人的にはすごく刺さりました。今までにない読書体験をしたい人にはおすすめです。

 

青い脂 (河出文庫)

青い脂 (河出文庫)